平成27年 歌会始の儀 (天皇皇后両陛下の歌)

 「夕やみの 迫る田に入り 稔りたる 稲の根本に 鎌をあてがふ」


これを見てまず思ったのはマタイ福音書13章の『毒麦のたとえ話』だ。
「夕やみ迫る」とはまさに現代文明の終焉間近を表しているのではないか。
マタイ9章38節においてもキリストは神のことを「刈り入れの主」と表現している。

また今年のテーマは「本」であったにも関わらず、天皇陛下の詠まれたこの歌を最初に見たときには正直違和感を覚えたが、聖書について詠まれた歌であるなら納得だ。
実際、聖書”バイブル”の語源は古代ギリシャ語の”ビブロス”からきており、「本」を意味する。

次に皇后陛下の詠まれた歌

 「来し方に 本と文(ふみ)の 林ありて その下陰に 幾度いこひし」

「本と文の林」ですぐさまピンとくるのは新約聖書だ。
新約聖書の半分くらいは福音書だが、もう半分は手紙書簡で占められている。
目次を見るとそれこそまさしく「本と文(ふみ)の林」のようだ。

また「来し方」は過去を意味する言葉ではあるが、キリスト教信者にとってイエスキリストは「また来られる方」と信じられている。
皇后陛下がキリスト教の信仰をもっていることはほぼ間違いないと言われているので、もしかしたら「再臨の主」という意味を「来し方」に隠しているのかもしれない。

両陛下の歌はペアでもってはじめてその真意が見えてくるようになっているような気がする。

さらに来年の歌会のテーマは「人」だ。
実はカトリック信者にとって最もポピュラーな祈りに「お告げの祈り」(アンジェルス)というのがあるが、その冒頭の句は 「み言葉は人と成り給い」 だ。
「み言葉」(神の言葉)が書かれているのが聖書なので、今年の歌会のテーマである「本」を意味し、来年はまさにそれが「人」と成るわけである。


  旧約聖書ダニエル書9章(七十週の預言)

25節~「エルサレム復興と再建についての/御言葉が出されてから」

→紀元前458年にペルシャのアルタクセルクセス王が出したエルサレム再建命令を指す。

     「油注がれた君の到来まで/七週あり、また、六十二週あって」

→聖書で言う「一週」とは7年を指す。7週と62週で69週となるので、油注がれた君の到来まで483年で、紀元前458年から数えると紀元25年。

イエスキリストの誕生は、ルカ福音書2章の
「そのころ、全世界(ローマ帝国領土内)の人々を戸籍に登録せよという勅令が、ローマ皇帝アウグストゥスによって発布された。この登録は、クレニオがシリアの総督であったときに行われた最初のものであった。」
という記述から、紀元前5年頃という計算になる。

イエスキリストは30歳になったとき(紀元25年)にヨハネから洗礼を受ける。
(「洗礼」は「油を注ぐ」と同義語)

なぜ七週で区切ってあるかというと、紀元前458年から49年後の紀元前409年というのは、旧約時代最後の預言者であるマラキがメシアの到来を預言したのがこの頃で、それ以降イエスキリストの誕生までは「沈黙の400年」と言われている。

以上のことから70週の内の69週は見事的中し、実現した。
ちなみにダニエルが生きていたのはバビロニアのネブカドネザル2世の時代(在位紀元前605年~562年)

そして最後の1週だが、これはまだこれから来るべき出来事となる。
新しい時代が始まる前の7年間を指すが、最近ユダヤ教の高名なラビも最後の7年間について言及したことがイスラエルのニュースで報じられたりもしていた。

ところで27節の
「彼は一週の間、多くの者と同盟を固め/半週でいけにえと献げ物を廃止する」
の「半週」とあるように、この7年間は前半の3年半と後半の3年半にわけられている。

実は新約聖書唯一の預言書『黙示録』には最後の3年半についての記述がある。
このことからも、ダニエル70週の預言の最後の1週については最初の69週とは切り離して読み解くべき性質のものとなる。